ミゼラブル・勇者編5
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闘争の音が外から聞こえてくるテントの中は、こちらもこちらで慌ただしくなっていた。
襲撃されていることを感じとり、銃を探して暴れだそうとする生徒や、大きな不安に駆られて正気ではない表情で逃げ出そうとする生徒。それらを必死になだめ、透かし、時には絞め落とす同盟員達の顔には少なくない不安と緊張が走っている。
ここのテントに横たえられて治療を受けている生徒は、医療テントで治療を即刻受けなくてはならないほどの重傷者ということである。逆に言えば、砂糖の重篤な中毒者も非常に多いということだ。襲撃という嵐が近づけば、このような混乱や発狂も起きやすいだろう。
「チッ…ったく、ホント、最悪。」
そんな中で一人、周囲の狂気と自らを切り離しているように、ベッドの上から半身を起こし、片膝を立てて、周囲をねめつけ、近寄りがたい雰囲気をかもし出している生徒がいた。
腕や足、頭に巻かれた包帯は彼女が少なからず重症をおってここに来たことを示している。だが、その目はじれったそうにギラギラと周囲を睨んでおり、明らかに他の中毒者達とは違う獰猛な輝きをはらんでいる。
「…いいや、私もあっちいこ。」
ピクリと頭上にある耳を揺らして、銃へと生徒は手を伸ばした。
ベッドの傍らに立て掛けてあった彼女の銃には少なくない新しい傷がつき、ここ最近でひどく使い込まれたような風情である。
「ちょっと!ダメですよカズサさん!」
そのままベッドからゆらりと降り立とうとする所に慌てたようにかかる声。機嫌悪げに猫耳の生徒…カズサは、声をかけてきたセリナの方を見るのだった。
「なに?ほっといてよ。もう大丈夫だから。」
「大丈夫じゃありません!カズサさんがここに来た時すごい重症だったの忘れたんですか!まだ動いちゃダメです!」
「…動けるぐらいにはなったよ。私はソイツらとは違うから、長期入院も必要ない。」
セリナの静止も聞かず、カズサは銃を既にかつぎなおし、ベッドから降り立とうとしていた。
「襲撃、来てるんでしょ?加勢するよ。いくらあんたのところの団長が強いとはいえ、ここの設備と人員じゃ守るのも限界がある。人手は多い方がいい。」
「で、でも…!」
「…ウザい、大丈夫だって言ってんでしょ。」
テント外へと行こうとするカズサをなおも引き留めるように、セリナは彼女の袖をつかむ。しかし、それは乱暴に引きはがされてしまった。セリナは睨むカズサの目をきっちりと見つめ返しながら、言葉を紡ぐ。
「カズサさんがここに搬送されてきたとき、現場の惨状を見ました。たった一人で、あんな無茶をして…。今のカズサさんは放っておけません!救護が必要です!」
「あぁ、もう、うっさいなぁ!私が何しようが私の勝手でしょ!!ほっといてよ!!」
「いいえ!私は救護騎士団です!救護が必要な人を見過ごしてはおけません!」
怒声を浴びせても言い返し、ガンとして動かない意思を立ちふさがることで見せるセリナに、心底うっとうしそうにカズサは舌打ちをする。軽く足を地にうち、歪んだ口元は明らかな彼女の苛立ちを示していた。
「ッ…なんで今日はこうも、シャクにさわることばっかかな…!!」
「カズサさんがベッドに戻るまで、私はここを動きませんよ!」
対話の意思のないカズサと、退く気のないセリナ。二人の間にある空気はヒリつき、周囲の狂騒を忘れさせるような緊張が走っていた。
その緊張を先に解いたのはカズサであった。
「……?」
ピクリと耳を揺らし、不審げに上を見上げたのである。つられるようにセリナも上を見上げるが、そこにはうっすら汚れたテントの天幕しかない。内部の動き回る人々と外からの轟音で、天幕はかすかに揺れている。
「この音は…?」
徐々に大きくなってくるその音にセリナも気づく。爆発音でも、発砲音でもないその音は確かにこちらに近づいてきている。
「まさか…」
「あっ…!」
セリナが同じく気を取られたその隙をついて、カズサは狭いテントの中を駆け抜けてあっという間に外へと飛び出していってしまった。
テントの中と同様に戦闘音と上から響く音に慌ただしく人々が動き回る体育館の中を機敏な猫のようにすり抜けていくカズサを、セリナは慌てて追いかける。
「っ!」
「きゃっ!」
どん、と音を立てて、セリナはしりもちをついてしまった。よく前が見えていなかったからか、気が急いていたからか。誰かと衝突してしまったらしい。
「あっ!ご、ごめんなさい!慌てていて…」
こういう時に、自分の痛みより先に、相手への謝罪がセリナの口からはついてでてくる。ぶつかられた相手もセリナがぶつかってきたことに気を荒立てることなく、静かに声をかけ、手を差しのべてきた。
「気にするな。…ケガはないか?」
「はい、大丈夫です。」
彼女の手を取って立ち上がりながら、セリナはその手がかなりしっかりとした固さがあることに気がついた。
(それにこの人…私がわりと勢いよくぶつかってしまったのに微動だにしませんでした。ひょっとして、かなり鍛えられている方なのかもしれませんね。)
「ありがとうございます…!」
「こんな状況だ、気が焦るのもわかるが、こういう時こそ冷静でいなくてはならない。」
「そうですね、すみません…。」
感謝と忠告への謝罪で二度ペコリと頭を下げた後、セリナは相手と目線を合わせようとしたが、自然と反らされてしまう。彼女の端正な顔立ちを見つつ、セリナは彼女が誰であったかを自然と脳裏で探っていた。
(同盟員の誰かではないですし…患者さん…でしょうか。でも、元気そうに見えますね…。う~ん、毎日色んな人がいれかわりたちかわりやってくるのでちょっとわからないかもしれません。)
「…なあ、急いでいたんじゃないか。」
「あっ、そうでした!カズサさんを止めないと…!」
彼女の言葉に思考を中断し、セリナは体育館の入口を見る。とっくの昔にカズサは体育館を抜け出ており、既に開かれた扉から外へと飛び出しているようであった。
「ごめんなさい!ご迷惑をおかけしました…お大事に!」
「…なあ。」
そう言って再び小走りで出口へと向かおうとしたセリナの背に彼女から言葉がかかる。
「君は救護騎士団員…だよな。一つ聞かせてくれ。」
「…?」
先ほどは自分を急かした彼女から、引き留めるような問いかけが出たことに、意外に思いつつ、セリナは立ち止まって彼女の言葉に耳を傾けた。
「…君たちはあの団長の、『何』に従っている?」
それは、抽象的で、曖昧な質問であった。だが、セリナにはその質問に思い当たる節があった。
救護騎士団団長、蒼森ミネ。トリニティきっての奇人の一人。しかし、その行動や噂とは裏腹に存外、彼女を慕う団員は少なくない。そこに疑問を抱かれるという文脈だ。それ自体はセリナとしても不思議ではなかった。
それゆえか、すんなりとセリナの口からは、彼女のその問い掛けに対して答えが出た。
「従う…というよりは、『信念に倣う』という方が近いですね。」
信念。己の正しいと信じた信条を貫く心。
「救護が必要な場に救護を。団長の信念であり、救護騎士団のモットーです。」
「ミネ団長は救護と称して、救護者を殴り壊すこともありますけど…何を『救護』とするのかの解釈は、団員それぞれに任せているんです。」
「団長が私たちの先頭に立って示しているのは、その信念を貫く姿…迷いなく、果断に、信念を貫き、…救護と…救うと叫ぶ、その姿に倣って、私たちも迷いなく自分たちの救護を貫けるんです。」
「…流石にミネ団長ほど、頑なではありませんし、そうはなれませんけど…。」
セリナのそのどこか恥かしそうでありながらもはっきりとした答えを彼女は黙って聞いていた。だが、先ほど反らされていた視線はじっとセリナに向けられていた。
「そうか…わかった。引き止めてすまない。もういった方がいい。…たぶん、もうすぐこの騒ぎもおさまる気がするが。」
「そう…ですか?では、お大事にしてくださいね!お元気で!」
「ああ、元気で。」
彼女の促すような言葉に吊られて、最後にまた軽くぺこりとセリナは彼女に頭を下げて体育館の外へと小走りで向かった。人波をすり抜け、入口で振り向いた時には、人々の間に紛れたのか、既に彼女の姿は消えてしまっていた。
「う~ん…なんだか、どこかで見たような気もするんですけど……」
そう思いながら、セリナはようやっと体育館の外へと出た。彼女との会話に夢中になっている間に、聞こえていた音はますます大きさを増している。仮にもし、それが襲撃者からのものだとしたら非常に不味い。ここの貧弱な防衛設備では、とてももたないだろう。
…患者たちを守るためならば、苦渋の決断だが、アレを放棄することも視野にいれなくてはならないかもしれない。そんなことを少し渋い顔をしながら思っていたセリナの表情は、視界に入ったその光景に大きく目を見開いたものに変わった。
「あれは…。」
「来たんだ。」
自分の少し前に体育館から出ていったはずのカズサは体育館前の戦場には駆けださず、すぐ出た所と同じ地点で今のセリナと同じく空を見上げて立っていた。いや、カズサだけではない。戦場で戦っている団員たちや、少しは正気のありそうな襲撃者たちも空を見上げている。
その視線の先にあるのは、轟音を轟かせ、空からこちらへと近づいてくるそれはヘリコプターであった。この車両が、如何に優れた戦術的価値を持つかどうかは、説明する必要はないだろう。その一機が戦場に投入されるだけで戦況を大きく変えかねないものだ。
だが、傾く側は襲撃者の側ではないと、戦場で見上げる同盟員たちの期待と希望に満ちた視線が示している。
なぜならば、そのヘリコプターには、しっかりと『S.C.H.A.L.E』のロゴがプリントされていたのだから。
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「救護ッ!!」
ミネの高らかな声と共に不良の脳天に盾が振り下ろされ、ぐらりとその頭が揺れるとそのまま地面に倒れ伏しました。その傍には同じく倒れた生徒たちが折り重なっています。さらにその周囲にも襲撃者たちが倒れています。盾によって倒れたその生徒以外に戦場に立っている襲撃者はいません。すべてのエネミーを無事討伐したのです!
「…ふぅ……助かりました、先生。」
”なんだか、正気じゃなさそうだった皆をとりあえず倒したけど…”
「はい!先生のバフのお陰でLv1貧弱防衛設備でもハードコアをクリアできました!チートMODを導入したような気分です!!」
エネミーが減少し、攻撃音が少なくなったあたりで、ヘリ上から指揮していた先生も下に降りてきて、ミネとアリスの傍にやってきていました。戦場で共に戦った仲間達は遠くからそんな先生を眺めています。その中から二人、近づいてくる影がありました。
「先生!来てくださったんですね!」
「…先生。久しぶり、かな。」
”セリナ、カズサ。巻き込まれなかったみたいだね。”
一人はセリナ先輩。とてもほっとしたようににこやかに先生に話しかけています!流石は魅力99のマスコット…癒し能力は抜群です。もう一人の猫耳が生えた生徒は…新キャラでしょうか?でも、なんだか見覚えがあるような…。
「さて、先生。来てくださったのはありがたいのですが、ここからが最も忙しい時間です。」
最後の一体を沈黙させた後、その場にいた同盟員たちにいくつか指示を出していたミネが、先生の方へと近寄ってきました。
「しばらく私は手を離せないので、手伝っていただくか、もしくは体育館の方にいてくださるとありがたいのですが…」
「何をするのですか?」
「決まっています。『救護』ですよ。」
見れば、先ほどまでは遠巻きに先生を眺めていた同盟員たちがこちらへとやってきています。それだけではありません、体育館の入口からも続々とやってきているようです。
「私の『救護』だけでは、救護が完遂したとは言えません。彼らの傷を癒し、治すことで、救護はようやく完了するのです。壊すという私のとれる最短かつ迅速な救護。そして、治すという手間と時間のかかる手段もまた救護なのです。」
「救護…。」
アリスの口で、胸の中で、その言葉を繰り返します。ミネ団長が何度も声高に叫び、エネミーを打ち倒していたそれは、ただの本末転倒な破壊行為ではないのかもしれません。それはきっと…
”ねぇ、アリス。”
「はい?なんですか先生。」
“カヤがどこにいったか知ってる?”
「...あっー!!カヤ!」
戦闘に突入してすっかり忘れていました!放っておくべきではないとおもっていたのに…クエストが次々発生すると、最初にやっていたクエストは忘れてしまいます…!!
「やってしまいました…フラグ管理失敗です…!!」
“…実はここにはカヤに呼ばれてきたんだ。”
「カヤさんに?ならお礼をいわないとですね!あそこで先生が来てくれなかったら、ここはかなりの被害を受けていたかもしれません。」
“うん…まあ、結果としてはそうなった…ね。”
なんだか先生の歯切れが悪いです。ひょっとして…もしかして…
「何かまたカヤが悪いことをしようとしたんですか?」
“いや、そういうわけじゃないよ。”
今度ははっきりと断言しました。なんだか少しほっとしてしまいます。アリスはカヤのことを疑いすぎているのかもしれません。
“ただちょっとケガをしてて…”
「救護対象者ですか!?!?!?」
ほっとしたと思ったら、パーティメンバーがダメージをおっていたことを聞いたアリスの顔が青くなりかけました。ですが、その途端に耳に響き渡る大声に思わず、そんな感情も吹き飛ばされてしまいます。先ほどまで現場で指示を飛ばしていたミネがこちらにすっとんできたのです。
「ケガの程度は!?いつケガをしたのですか!?どこにいらっしゃるのかお教えください!!迅速な救護が!必要です!」
“近い近い近い!!”
ミネは鼻息荒く先生に顔を近づけ、叫びます。先生の近くにいるアリスの耳にもぐわんぐわんと声が響き、思わず先生と一緒にのけぞってしまいました。
“とりあえず、大きなケガはない…はずだよ。”
“時間はさっきの襲撃中かな?それで…”
「先生!!!私は怒りに震えています!!!!」
先生の言葉を遮るように、とても悔しそうに拳を握り、口を食い縛りながらミネは語りだしました。
「救護のための戦いの裏、私たちと共に働いていた生徒にケガをさせてしまうとは…!未熟!あまりに未熟です!!」
「故にこそ!救護が必要な生徒に!救護を届けなくてはならないのです!!!」
「先生!!カヤさんは!!どこに!?!?」
”えっ…っと”
叫びながら、詰め寄るミネ団長と先生の距離は鼻息が先生の顔をくすぐるほどになり、思わず圧倒されてアリスも先生のわきでポカーンと見上げてしまいました。先生もあんまりに近づいてきたミネに汗を垂らし、手で押そうとはしていますが、ミネの強靭な体幹はそこから少しもぶれることなく、ジッと先生をのぞき込んでいます。
”どこか、はわからないんだけど…”
先生はついに諦めたのか、そのまま話し始めました。先生の吐息がミネの顔にかかっていそうですが、ミネは一切気にせずに話に食い入るように聞き入っています。先生は周囲を気にするように一瞬目を泳がせると、少し、声を小さくしてミネに聞きました。
”…ここの『砂糖』がある場所にいるみたいなんだ。”
先ほどまで義憤に満ちたように凛々しい顔をしていたミネの表情が、それを聞くと、少しバツが悪そうに曇りました。ですが、次の瞬間には静かに目を閉じて、細く息を吐きました。
「…承知しました。」
「では!!いざ!!救護が必要な場に救護を!!!!」
「あっ…。」
そして目をばちりと開き、猛烈な勢いで体育館の方へと駆けだしていったのです。救護活動をしている生徒たちは器用に避けながら、自分たちで作ったバリケードや妨害物を真正面から破壊して突き進んでいきます。
「さっきまでは一種のゾンビものでしたけど…いまわかりました…。ミネはゾンビの突然変異体です…!」
「急に壁を割って登場してくるタイプの逃げるしかないシチュエーションのボスが、なぜか防衛をしていたんです…!!」
「浪漫があって、アリスはとてもイイと思います!」
そんな圧倒的な前進の様子を、アリスはやっぱり少し怖いですが、とてもカッコいいと思いました。
”…追いかけようか、アリス。”
先生はそんなアリスの答えを聞くと、少し驚いた後に小さく微笑んで、バタバタと忙しい戦場の中をアリスと一緒に歩きだしました。